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2008年4月27日 (日)

平和の祭典のための聖火リレー?

あの国が関わる限り「平和」の祭典などはありえぬわ。

マロもの認識が甘かったじゃ。

第一次大戦時の休戦中におけるドイツとフランスがサッカーを興じたことと
同じようなことを今回の五輪に期待しようとは。。

書くと長くなるがの、第一次大戦のヨーロッパ戦線ではまだ、
戦時ルールが尊重されおり、国と国との戦いであることをお互い
理解しあい主張の違いであることを理解しながらもそれを
否定せざるを得ない国同士の戦いであったのじゃ。

じゃがの・・・

中国のチベットへの進行とその後の弾圧は、全く違うのじゃ。
一方的な武力による弾圧なのじゃよ。
それにより人口の5分の1が殺された民族が、休戦中だからと

漢民族と卓球に興じるなどはありえない話じゃ・・。

これを見てたも
中国軍がチベットの巡礼者を無差別に撃ち殺す映像

最低限の知識。問題の出発点じゃ。
1988年3月チベットで行なわれたこと

チベット問題を宮崎と勝谷がズバッと断罪(1)
チベット問題を宮崎と勝谷がズバッと断罪(2)

胡錦涛は1989年チベット虐殺の張本人

過去の過ちじゃの。
天安門事件の写真

こう言う事実を見ても、まだ、五輪リレーに対する抗議行動に対して、
「バカなとしてるなと思います」(長野県職員)。
「私にはそんなのは関係ない。あなたたちが騒いでるだけ。」(星野仙一)
などと言えるのか?でおじゃる。

生存権を守るための涙ながらの必死の主張であり、
「どうか世界の人たち、このことを知って、チベットに力を貸して下さい助けてください」
との、命がけで訴える姿にマロには写るがのお。

それを「私にはそんなのは関係ない」と言うなら
他人の痛みを見ようとも感じようとしない。
イヤな事には目をつぶろうとする。

そんなおろかな行為にしか、マロには見えぬのじゃ。

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