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2008年5月 7日 (水)

佐藤琢磨とスーパーアグリ

また、企業の論理や金の力に、個人の才能や情熱が潰されてしまう
風景を見せられてしまったのぉ。寂しいことじゃ。

ことの発端成り行き顛末はここに書いてある。
日刊スポーツの川喜田研さんのコラムじゃ。
マロの気持ちを代弁してくれてるでおじゃる・・

以下抜粋
「そもそも、05年秋に琢磨がホンダのシートを失ったのも、他ならぬホンダ自身の
判断であったはずだ。
勝手にウイリアムズ移籍を画策し、わがままを言い続けるバトンに固執して、その
慰留のために大金をはたき、ドライバーとしてはピークをとうに過ぎたバリチェロの
価値を過剰評価したため、結果的に琢磨から活躍の場を奪ったのもまた、ホンダ
首脳陣の判断なのである。

 自分たちの責任で琢磨の解雇を決めておきながら、その場を取り繕うために、
しっかりとした見通しもないまま、新チームまで立ち上げてしまい、その後、2年
あまりも多くの負担とレギュレーション違反ギリギリの脱法行為まで重ねて維持
してきたスーパーアグリは、どこから見ても「ホンダのNO・2チーム」だ。
それを公式には「独立したチームです」と言い続けてきたホンダの姿勢は、
一企業としてあまりにも無責任だと思う。
しかもこの2年余りにわたってスーパーアグリに対するホンダのスタンスは全くと
いうほど一貫せず、あるときはあたかも「自分たちのNO・2チーム」であるように
振舞ったかと思えば、あるときは「そろそろ独立してもらわないと困る」と突き放し・・」
(以下省略)

企業は所詮は企業。金儲けが目的の組織じゃて、、。
いろんな奇麗事を並べて美しい集団のようにイメージ作りを
(地球に優しい企業。マシンはエコを目指したアースカラーなど)
いくらしても、本質は金儲け集団じゃ、。
それが企業の論理であり、それが企業の正義じゃ。

HONDAはわがまま。
琢磨とアグリを日本F1人気維持のために利用しただけ。
スーパーアグリはHONDAにとっては赤字部署に過ぎなくなった。

それを切り捨て整理して何が悪い?とな?
企業の論理ならそれは正義であろうの。

じゃがの、忘れてもらっては困る。

  F1はスポーツじゃ。

しかも、生身の人間が命がけで戦う数少ないスポーツじゃよ。
だから、レース先進国のヨーロッパでは、レーサーは勇者と称えられ、
他のスポーツ選手より尊敬される存在なのじゃ。

F1はの、人の情熱や才能と命がけで戦うことで成り立っており、
それを見らるるから人々は興奮し喜び感動するのじゃ。

なぜ、第三期HONDAが低迷し、世界一企業とうそぶくTOYOTAが、
巨額の資金を投じながら未だにル・マンもF1も一度も勝てぬのか、
おぼっちゃまのマロが教えてしんぜようぞ・・。

レースに対する情熱が無いからじゃ。

企業の論理でF1を勝とうとするからじゃ。

F1のように、企業力や資金力が大きくものを言うスポーツにあってさえも、
最後は個人の情熱と才能がものを言うのじゃ。

そのことを、HONDAは忘れてしまったし、TOYOTAは知らん。

チーム監督をシーズン途中に平気で「社内の人事異動」で
替えてしまうようなチームが、F1で勝てるわけがないであろう。

ロン・デニスもフランク・ウイリアムズも、その人生をかけてF1を愛し
情熱を持ってチーム運営してるでおじゃるよ。
二人とも、自分のチームで戦った何人かのドライバーの大怪我や死を経験し、
それでも、それを乗り越え、その責任の十字架を背負いながら戦ってるのじゃ。

それに引き換えTOYOTAチームはどうじゃ?
「配置転換ですか?あっ、次は本社へと?日本へ帰れるんですね。」
と思うやつら。
そんな奴らをいくら集めて資金を投じても、F1では勝てぬ。

HONDAもTOYOTAも、もしマシントラブルでドライバーが死んだら、
「企業イメージにマイナスだから」と、とっととF1から去るのであろ?
表面上は「この度の事故死に対して企業として責任を取るため」とか
言いながらの・・。

本当にF1を好きなヤツににしかF1は勝てぬ。
F1は、実は人の情熱の度合いが試される世界なのじゃよ。
「損得なしに命がけで戦えるかい?」と、常に問うておる。

そう言う世界だからマロはF1が好きなのじゃ。

ドロドロの金と欲にまみれた世界のようにみえながらも、
それだからこそ余計に、人間個人の才能や情熱がキラキラと輝いて
よりうつくしく見えたりしての。

人間が作り出した最高の機械を生身の人間が汗を流しながら制御し
抑え込もうとして戦う姿じゃ。

それは、人が機械と同化しようとする姿にも見えるし、
高度化した機械に征服さるのをよしとせず、使いこなそうと必死に
あがく姿にも見えての。

どんなに文明が発達して便利になっても、お金持ちになっても、
最後は生身の人間のガンバリなんだ。と、F1を見るたび教えられるのじゃ。

そういったことを何度もマロに見せてくれたのが琢磨じゃ。
遅いマシンで速いマシンと戦いぶち抜く。

琢磨がルノーを抜く姿を見て人が感動するのはの。
生身の人間の情熱と才能の命がけのドライビングが、無機質な機械技術を
打ち破る姿を見らるるからじゃて。

F1の本質とはそこにあるのじゃ。
一見、
「人が技術の進歩を有効活用しどれくらい速く移動できるか?を競う競技」
に見えるじゃろ?
じゃが、マロは「F1とは、人と機械との戦い」だと思うのじゃ。
技術の優位性を乗り越えて戦おうとする琢磨の姿は素晴らしかったのぉ・・。

佐藤琢磨はF1で勝つための最も大切なものを持ってるドライバーなのに。
その才能を見捨てるとは、ほんにおろかなことじゃて・・。

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コメント

おJALさんの言う通りじゃ
HONDA許せぬ
青山の本社に昨日無言の抗議儀出かけた方々
HONDAにはつたわらないでしょう

ただ琢磨の今後の活動場所を確保するのは、HOADAの責任じゃ
F1での、琢磨の勇士を、後何年も彼が限界だと言うまで走らせることができないのであれば
HONDAは世界からも信用を失うだろう

右京さんも現役時代にルノーから引抜があったのじゃよ
でもの、義理と人情の国で育った自分にはそれが出来ず断ったと
これからの若者は、そのような柵に縛られず、どんどん世界に羽ばたいて欲しいと

琢磨、貴方の笑顔貴方の真摯な態度
HONDAよ!!見捨てたらそれこそ日本のファンは黙ってないと思うわよ

本田宗一郎さんが生きていたら嘆くであろうな

投稿: 麻呂 | 2008年5月 7日 (水) 11時26分

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